スピリチュアルの視点からみて、ネガティブマインドの手口として、それぞれの各自セルフイメージを見て、なかにはマインドがつくり出したものだとは思えず、非常に現実味を感じ、落ち込んでしまう人もいることでしょう。
ネガティブマインドはあなたをに虚像を信じ込ませることが非常に得意です。
しかし。どんなに現実味を感じても、そして決定的証拠があったとしても、それはネガティブマインドが思い込ませた偽物のあなたの姿に過ぎません。
ネガティブマインドは、起きた事象からストーリーを巧みに組み合わせ真実味を出すことに長けています。
実際に起きた出来事とその人が記憶している事象が、 かなりずれている非常に多いです。
その人にとって過去に起きたことは、その人がその時に感じたものや理解したものを記憶して脳の中に刻み込まれます。
つまり我々は真実を経験しているわけではありません。
ネガティブマインドを通し歪んだ経験をし、それが真実のすべてと信じ込んでいのに過ぎません。
皆さんが本当の自分の姿と思い込まされているのはセルフイメージだけでなく、今あなたが送っているこの人生の多くの決めごとをしているのも、マインド(思考)の所業 です。
マインドは、あなたが成長している中で次第に頭の中に広がっていきまです。
しかし、今世生きていくうえでの知恵、危険回避の知識などもマインドが備えているため、マインドなしで生きることは不可能とも言えます。
私たちの大切な一部とも言えるのです。
しかしここで問題なのは、 マインドはマインドでしかないことを我々がすっ
かり忘却してしまうことです。
そしてマインドと同化し、気がづけばマインドに人生の主導権を握られ我々がコントロールされてしまうことが問題です。
マインドは私たちが生きていくうえでの、言ってみれば便利グッズのような存在であるはずです。ですから、マインドを使うのは本来私たちであるはずです。
しかし人生に息苦しさを感じ、自分らしく生きることができていないと感じているなら、 あなた自身がネガティブマインドに人生をコントロールされているのでしょう。
我々が生きていく上で、危険を感じた時にマインドが回避をさせることができます。
しかし、我々が危険を感じる時は、命の危険という意味合いでないことも大いにありえます。
マインドは危険回避のためにつくり上げられますが、どこが危険回避なのかといえば、たとえば子供の時に親戚の前ではしゃぎすぎて両親から酷く怒られたことが、マインドからすると危険と捉えられたという点です。
そうなると「人前ではお利口にすべき」と自分のマインドに気づき、 そしてそのマインドに従ってしまいます。
それが大人になっても続き、すぐにやめることはとても抵抗を感じることでしょう。
しかし、これこそが思い込みの呪縛です。「人前ではお利口にすべき」というのは頭の中につくられてしまった遵守すべき法律のようなものになり、真実ではありません。
実は、我々成長していく中で、多くの架空の法律をマインドの中につくり上げてしまいます。
そしてその法律を乱さないように、自身のマインドに監視されているのです。
この架空の法律が 「マインドセット」 であり、 外国では 「マインドセット」あるいは 「コアビリーフ」のどちらかで呼称することが多いのですが、心理学・心理療法の世界では 「コアビリーフ」 と呼称されることが多く、日常会話では、「マインドセット」という言葉を使用することが多くあります。
たとえば、「このマインドセットのせいで私は自由になれないんだよ」 というように普通に会話で使用されます。
マインドが固定されてしまってそこから抜け出せないという意味合いです。